40年ほど前の夏のある日、恩師の導きでフランスはパリに在るオテル・デューという病院を見学したことがあります。ノートルダム寺院のすぐ傍に建ち、偉容を誇るこの美しい病院で18世紀の終わり近くに活躍した若き精神科医のピネルは、後年、心に病を持つ方々を実際の鎖で縛り付けていた当時の治療の常識から患者さんを解放し、人道的な精神医療の泰斗となりました。3年以上にわたる私たちの逼塞した境遇が、本年5月8日の新型コロナウイルス感染症の5類移行を以て緩和された点を、このピネルの「鎖からの解放」という偉業に重ね合わせるのはやや大げさかもしれませんが、ようやく訪れた自由を歓迎する気持ちが何物にも代え難いことであるのは確かでしょう。ただし、「自由を謳歌する」のと「好き勝手にふるまう」のは本質的に違うことであると誰もが認識して行動しないと、いつか強烈な揺り戻しを招きかねません。コロナという見えない鎖から完全に解放されるその日まで、ピネルの持つ闊達な精神と知性を範として皆様が節度を保った日常生活を送ってくださるよう祈りつつ、今年も私どもが心を込めて作り上げた小誌をお手許にお届けしたいと存じます。一般財団法人 日本がん知識普及協会代表理事・会長 小澁 陽司見えない鎖からの解放ご あ い さ つ
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